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ツバキ [樹木]

ツバキ

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 ツバキはサザンカより世界的に知られています。分類では両者は同じ属ですが、種が異なります。よく目にするツバキはヤブツバキです。椿の名所としてよく知られているのは伊豆大島(東京都)ですが、暖地性のため暖かいところに多く見られます。しかし、北限は青森県であり、日本一であろうヤブツバキは老谷(富山県)にあります。このツバキは樹齢500年であり、幹周り3.47mの巨木で、樹勢盛んです。

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上の写真:右側の樹が大きく(樹高6.6m)、富山県指定文化財(天然記念物)になっています。下の写真は木の背面は枝で覆われて薄暗く、東西8m、南北11mの枝張りは立派です。

 さて、山茶(ツバキ)の成分に関する研究は、サザンカ(茶梅)の研究に登場した青山新次郎によって詳細に行われました。下記の薬学雑誌にドイツ語と日本語で書かれていますが、この研究はドイツの化学者であるWedekindの目に止まりました。書簡によって、青山の取り出したツバキサポニンのアグリコン部(糖を含まない部分)は、Agrostemma githago(麦仙翁、なでしこ科の植物)に含まれている非糖質のGithageninではないかと注意がありました。これを受け、青山はWedekindと同じ条件で、ツバキサポニンを酸化して酸化物の物性を調べました。しかし、ツバキサポニンのアグリコンはGithageninでないと結論に至りました。昭和初めの日本の化学者が当時化学の先進国であったドイツの化学者と対等に化学議論をしたことに、活躍の程が分かります。今のようなアメリカの化学が石油を基本としたものですが、石炭を基本とするドイツの化学が日本の科学の原点になる例を見たようです。

【文献1】 青山新次郎、薬学雑誌51, 430-434 (1931).

 一方、ツバキの油成分で一番多いのはオレイン酸です。この油はオリーブ油より3,4割多くオレイン酸を含んでいます。しかし、大量には取れないため食料としての利用は広まっていません。ツバキ油の化粧品としての利用は古くから盛んですが、上記のサポニン以外に、タンニン(サザンカと重複、下の文献2)、インドール(これは着生菌によるものとされ、植物本来のものではない。また、アントラキノン系色素も得られている。文献3)など含まれていると報じられています。

【文献2】 T. Yoshida, Y. Chou, Y. Maruyama, T. Okuda, Chem. Pharm. Bull., 38, 2681-2686 (1990).

【文献3】 糸川秀治、秋田安男、山崎幹夫、薬学雑誌93, 1251-1252 (1973).; 同雑誌、91, 505-507 (1971).

 天然に存在する化合物はなかなか純粋にして使うことはありませんが、抽出物をそのまま使うことはよくあります。ツバキの抽出物はお茶とよく似た生理活性を示すと期待され、多くの研究がされています。原文が得られたものを見てみましょう。

【文献3】 T. Taguri, T. Tanaka, I. Kouno, Biol. Pharm. Bull., 29, 2226-2235 (2006). において、
ツバキの抽出物にはカテキン、エラグタンニン、ガロタンニンなどのポリフェノールが含まれ、抗菌活性 (平均 MIC±S.D., μg/ml) ヤブツバキの場合 (783±485)を示すことを明らかにされました。ここで、MICとは活性を示す最低濃度を意味し、数値が低いほど少ない濃度で活性を示すことになり、強い活性を示すことになります。この場合、誤差(SD)は大きいですが、緑茶の492と比較して、そこそこの値を示しました。すなわち、ツバキは抗菌活性をある程度持つことを示すことが言えます。調べてみるとツバキ茶というのがあります。これは満更理由のないことではありません。

【文献4】 K. Onodera, K. Hanashiro, T. Yasumoto, Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 1995-1998 (2006). において、
ケルセチン配糖体が強い抗酸化性を示すことを明らかにしました。その活性はEC50で示されますが、薬物や抗体などが最低値からの最大反応の50%を示す濃度を表し、数字が小さいほど少しの量で生理活性を示す一般的な効果濃度を意味します。ツバキの葉から取り出されたカメリアノシド(EC50=25.8 μM)はよく知られているアスコルビン酸(EC50=50.7 μM)より抗酸化活性が強いことを示しました。なお、類似の化合物に、ルチン(蕎麦に含まれる)やケルセチン(ドクダミに含まれる)がありますが、いずれもカメリアノシドと近い値を示します。

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【文献5】 M. Yoshikawa, T. Morikawa, Y. Asao, E. Fujiwara, S. Nakamura, H. Matsuda, Chem. Pharm Bull., 55, 606-612 (2007). において、
ツバキの花の抽出物には配糖体であるCamelliosidesを含み、マウスを使った実験であるが、胃粘膜の障害を抑える役割を持つことを明らかにしました。
つまり、ツバキは油だけでなく、葉や花のところも、生理作用があることが明らかにされました。

 これからの季節に悩まされるのは花粉のアレルギーです。アレルギーはアレルギーを起こす物質すなわちアレルゲン(抗原)と抗体との反応で開始されます。複雑なリン酸化酵素のカスケード(階段式連鎖)の後、肥満細胞顆粒化やサイトカイン生成などを経て症状、例えばヒスタミンの生成で痒さを示すこと、が現れます。Leeらはツバキの葉の抽出物が、顆粒化やサイトカイン生成を抑制すると報じています。作用機序では、Srcの仲間(カスケード初期の伝達蛋白質)であるリン酸化酵素を阻害する事によって、抗アレルギーを示すことを明らかにしました。この論文では、どのようなツバキ成分がこのような効果を示すかは明らかでありません。扱われたツバキ葉抽出物という混合物の場合、化合物間の相乗効果が働く場合があり、機構的には複雑になりそうです。しかし、結果的に効果があれば、著者らも述べているように、アレルギー症状を抑制すると言う意味で期待できます。
【文献6】 J-H. Lee, J-W. Kim, N-Y. Ko, S-H. Mun, D-K. Kim, J-D. Kim, H-S. Kimw, K-R. Leez, Y-K. Kim, M. Radingerz, E. Her, W-S. Choi, Clin. Exp. Allergy, 38, 794-804 (2008).

山茶花(サザンカ) [樹木]

山茶花(サザンカ)

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 「サザンカ」と聞けば何を想像しますか?理想、謙虚の花言葉や温泉、高原、俳優などなどありますが、サザンカ梅雨のように秋から冬への季節の変わり目を表す季節でもあります。サザンカは樹木としては、椿、茶と同じツバキ科に属する植物です。生物の分類というのは良く出てくるので憶えておくと便利です。界・門・綱・目・科・属・種 (記憶のために[開門を乞うことを目する家族の主])です。サザンカの分類では、界:Plantae(植物界), 門:Magnoliophyta(被子植物門), 綱:Magnoliopsida(双子葉植物綱), 目:Theales(ツバキ目), 科:Theaceae(ツバキ科), 属:Camellia(ツバキ属), 種:Camellia sasanqua(サザンカ)というのが分類ですが、サザンカの学名はCamellia sasanquaです。ツバキ科の植物はお互いによく似た花をつけますが、ツバキは額毎落ちますのに対して、サザンカは花弁毎に、桜のように、散ります。一見すると、ツバキとサザンカは区別することは難しいけれども、もし花が散るとき落花状態を見ると上記のように判断できます。ツバキ科植物は元々熱帯や亜熱帯の植物ですが、淡い赤の混ざった白い花のサザンカは原種に近く、日本の南が生育北限です。しかし、よく目にするサザンカはほとんど園芸種で3つの群に分けることができます。サザンカ群、カンツバキ群、ハルサザンカ群です。

冬に花が咲く植物は受粉に関係がないのでしょうか?その季節に昆虫や鳥が花を求めて来る確率は大変低いと考えられます。自家和合というのがサザンカにはあるのでしょうか?

 さて、サザンカに含まれる化合物の研究は19世紀後半からありました。しかし、構造研究で有名なのは青山新次郎の研究です。80年も前に(1930年)、青山は宮崎県から種子を取り寄せ、化合物の単離を行い、下記の薬学雑誌に発表しました。その化合物は、ツバキ科の植物に共通していて、構造はサポニンです。一般に、多くのサポニンはトリテルペンの配糖体(トリテルペン+糖)であり、脂溶性と水溶性の構造を持つため、洗剤の役目もする。通常、植物の果皮には構造が少し違ったものが混合しているため分離精製するのは難題です。化学実験操作法が余り発達していなかった当時に、青山は精力的に単離精製を行って、構造解明し、ドイツの化学者の論文の正誤をハッキリとさせています。真理の前に堂々と信念と精力的な実験、洞察力を披露した姿は、現在の化学・薬学界の範とするところがあります。それでは、偉大な化学者の仕事ぶりを遡行しましょう。
 その前に、論文にも書かれていることですが、サザンカは「茶梅」と書き、ツバキである「山茶」と区別しています。すなわち、「山茶」の花はサザンカではありません。「山茶」の花は椿の花ですから「山茶花」は「サザンカ」と表現する方が間違えありません。

【論文1】 青山新次郎、薬学雑誌30, 454-461 (1930).

言葉の使い方
山茶花の漢字は「サンサカ」の訛りに由来するとされますが(Wikipediaより)、暖地性の山茶(ツバキ)に由来します。青山も論文でサザンカをサザンクワと言い、”sasanqua” に対応する片仮名を用いています。当時の言葉の使い方は、忠実に外国語の’qua’を’クワ’表現して対応をとろうとしていることが知れます。

 元に戻って、この論文の薬学雑誌を詳細に読むと、サザンクワサポニンはサポゲニン(配糖体の糖部分がない脂溶性成分、またはアグリコン)と[3分子のガラクトース+アラビノース]からなる構造を提案しています。当時の実験環境から想像してみると、単離・精製に多大な労力が使われ、精密な元素分析が構造推定の重要な手段となっていました。これらの業績を一つずつトレースすると、論理的説明に研究者の姿勢が思い浮かびます。

 このような青山の研究は40年後に山田哲也・青木博夫・並木満夫によって発展させられました。彼らはクロマトグラフィーを用いた単離精製を行い、サポゲニンの構造研究を行いましたが、構造を決定するには至っていませんでした。
【文献2】 山田哲也、青木博夫、並木満夫、日本農芸化学会誌44, 580-586 (1970).

 同じグループの研究者が1968年にオイゲノール配糖体として論文を出し、Sasanguinの構造とした研究もあります。
【文献3】 T. Yamada, H. Aoki, T. Tamura, Y. Sakamoto, Agr. Biol. Chem., 31, 85-91 (1967).

 さらに、T. Yoshida, Y. Chou, Y. Maruyama, T. Okudaは花の実について、お茶のタンニンと山茶花のタンニンを比較して、両者に類似のガロタンニン(重合性の没食子酸の配糖体)が含まれていることを明らかにしました。
【文献4】 T. Yoshida, Y. Chou, Y. Maruyama, T. Okuda, Chem. Pharm. Bull., 38, 2681-2686 (1990).

 また、1997年に、T. Akihisa, K. Yasukawa, Y. Kimura, S. Takase, S. Yamanouchi, T. Tamuraは、加水分解されない脂質として、27種類を単離しました。サザンカの脂質成分の分布は、ツバキ科に共通したところもありますが、サザンカの主成分がButyrospermol(16.9%), Tirucallol(22.4%), β-Amyrin(24.6%)であることを示しました。これらの化合物は炭素数30の原子骨格をもつトリテルペンであることも明らかになりました。さらに、これらの化合物は、マウスの耳を使った実験結果から、抗炎症作用があることも得ています。
【文献5】 T. Akihisa, K. Yasukawa, Y. Kimura, S. Takase, S. Yamanouchi, T. Tamura, Chem. Pharm. Bull., 45, 2016-2023 (1997).

 同じグループの研究で、サザンカに3環性のトリテルペンであるIsohelianolを単離、構造決定したことも報じられています。この化合物は以前に分かっている4環性のトリテルペンとは異なり新規なものでした。この構造決定にはNMR(核磁気共鳴)のHMBC(異種核相関)の技術が駆使され構造決定謎解きのストーリーがあります。
【文献6】 T. Akihisa, Y. Kimura, K. Koike, T. Shibata, Z. Yoshida, T. Nikaido, T. Tamura, J. Nat. Prod., 61, 409-412 (1998).
【文献7】 T. Akihisa, K. Yasukawa, Y. Kimura, S. Yamanouchi, T. Tamura, Phytochemistry, 48, 301-305 (1998).
【文献8】 T. Akihisa, K. Arai, Y. Kimura, K. Koike, W. C. M. C. Kokke, T. Shibata, T. Nikaido, J. Nat. Prod., 62, 265-268 (1999).
【文献9】 T. Akihisa, K. Koike, Y. Kimura, N. Sashida, T. Matsumoto, M. Ukiya, T. Nikaido, Lipids, 34, 1151-1157 (1999).

 最近、H-P. Chen, M. He, Q-R. Huang, D. Liu, M. Huangはサザンカサポニンに酸化的ストレス防御作用があることを示しました。文献調べてわかったことに、最近のサザンカ研究は中国において盛んに行われています。思うに、サザンカは漢方薬にも使われていることに関係していることも理由かも知れません。また、構造研究の先にある生理活性の研究が中心となっています。
【文献10】 H-P. Chen, M. He, Q-R. Huang, D. Liu, M. Huang, Eur. J. Pharmacol., 575, 21-27 (2007).
【文献11】 Z. Liao, D. Yin, W. Wang, G. Zeng, D. Liu H. Chen, Q. Huang, M. He, Phytother. Res., 23, 1146-1153 (2009).

エピローグ
 サザンカの実はと類縁のツバキの実と似ています。サザンカ油を調べたところ、純粋なサザンカ油は見当たらず、ほとんどがツバキ油との混合物であったり、ツバキ油そのものであったりします。それではツバキ油を見てみましょう。ツバキの実には油が多く、昔から椿油として、頭髪の整髪料として使われていることは知られています。椿油は単にトリグリセリド(脂肪酸にはオレイン酸が多い)だけと思われますが、少量含まれているサポニンやタンニンがあり、これらの成分にはあまり注目されてきません。改めて、植物の油脂成分の多様性を知ると、古から用いられてきた椿油の意義を再考し、新しい利用法もありそうです。(椿油は食用ともなります)
個人的には、どんな整髪料よりも椿油は髪の艶、しっとり感など優れていますので、使うことがあります。ただ、油の粘りがあるためさらさら感は望めません。
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ナンテン [樹木]

ナンテン(南天)

寒い時期に、赤い実が目立つ低木がナンテンです。ナンテンの生産量が日本一の都道府県は岐阜県と知りませんでした。先日、ドライブの時に見かけた赤い実のなる場所を思い出しました。確か、郡上八幡あたりの西斜面に赤い実のなっているのを見かけたようなので、行ってみることにしました。国道156号線を長良川鉄道に沿って北上すると、山々の茶色く紅葉した中に、真っ赤なモミジも見られ、風景の良いところでした。郡上八幡の手前の左側を注意していると、山麓にナンテンらしきところが見えてきました。

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さて、ナンテンは「難転」といって、日本人の縁起を担ぐ性格と自然苦から回避したい気持ちの現われとして、文化を感じます。ただ、情感以外に、日本人はこの植物をうまく使っていますので、逞しいものをもっています。例えば、ナンテンといえば「ナンテンのど飴」を思い出します。その効用は喉の筋肉を弛緩することで咳を止めることです。また、ナンテンは実だけでなく、葉も薬に用います。赤飯にナンテンを添えます。

植物として、ナンテンの世界的な分布は、インド、中国から日本にかけて広まっています。日本では東海道、近畿以南の暖地に自生しています。ただ、圧倒的に多いのは庭木です。

さて、ナンテンについての化学的な研究は、日本人を中心とする薬学者によって行われました。ナンテンにはアルカロイド(天然に窒素を含む化合物であるが、もともとアルカリ性の性質を持つため酸性にして水に溶かしアルカリ性に戻して結晶が取り出されることから命名された分類です)が含まれています。

ここで、研究の歴史をみてみましょう。現在、手に入る古い文献として、1925年の薬学雑誌があります。その文献に、北里善次郎はナンテン成分を報告しています。その中に書かれている内容を読みますと、ナンテンの研究の原点は、J.F.Eykmann(英語表記ではEijkmanとなっている)が来日した折に、ナンテンの有毒成分の研究を行ったことに始まると書かれています。すなわち、Eykmannは1884年にその構造がアルカロイドであることを報告し、「ナンニン」(Nandinin、ドイツ語で英語はNandinine、当時はdiをヂと書き、ziをジとして区別していました)と命名しました。この命名は、ナンテンの学名であるNandina domesticaに由来するものです。

北里善次郎について 北里柴三郎の次男 (1897‐1978) 昭和時代の化学者であった。1929年北里研究所に入り、1950年所長に就任。ムクロジに含まれるサポゲニンの構造を研究し、1938年学士院東宮御成婚記念賞を受賞しました。

【文献1】 J. F. Eijkman, Ber. Zentralblatt, 779-780 (1884). この文献は利用できず、J. Chem. Soc., Abstr. 48, 565-6 1885にあるとされています。また、北里によると原著はBer, 441 (1884)であると記されています。

しかし、Eykmannの論文では、アルカロイドであるというだけでした。共存する既知のベルベリンから類推して、それはヒドロベルベリンと想像しています。つまりこの論文では、はっきりとした化学構造式は書かれておらず曖昧模糊としていました。1910年に岩川克輝はナンテンの樹皮からナンヂニンを単離して、生理活性を調べたと報告しました。
【文献2】 岩川克輝、東京医学雑誌24, (30), 15 (1910).

ところが、1925年に北里善次郎は岩川の単離したものより高融点のアルカロイドを単離し、構造式を下記のように決定しました。
【文献3】 北里善次郎、薬学雑誌、(522), 695 (1925). (註: (522)の記載について、当時は巻数がなく号のみでした)
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当時、現在のように機器分析が発達しない中、物質の精製・単離と元素分析、定性反応、既知の文献比較などを根拠に構造を提案していたわけです。その構造が現在でも間違いないというのは驚くべきことです。

話はこれで解決したように思われたのですが、北里の研究がナンテンに含まれる化合物構造研究の始まりだと当時の人は誰も想像できませんでした。詳しい続きがあります。

その後、高瀬豊吉と大橋秀治は南天実からNanteninを取り出したことを報告しました。その構造は下記のようでした。
【文献4】 高瀬豊吉、大橋秀治、薬学雑誌、(535), 742-748 (1926).
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また、間庭秀夫、榮 龍榮之、観 一郎は白南天からDomestinを単離し、Nandininとは異なることを示しました。
【文献5】 間庭秀夫、榮 龍榮之、観 一郎、薬学雑誌、(536), 833-842 (1926).
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このとき、学会誌の編集委員長は朝比奈泰彦先生(1881‐1975)でしたが、上記の間庭の論文の編集に当たり、北里善次郎に、化合物名などを統一するため、論文投稿段階で内密に見せた。(このことは論文(文献6)に記されています) これを受け北里善次郎は、Nandininを単離したときに、Nanteninに相当するDomesticin methyletherを単離していたことを述べています。また、それがNanteninと一致することを述べました。さらに、間庭らのDomestinも同じDomesticin methyletherであるが、DomestinとDomesticinは混乱する名前なので、Domestinを使わないことを提案しています。結局、3つの研究グループが同じ化合物を単離し、それはDomesticin methylether (= Nantenin)であると決められました。理由は、元素分析、融点、旋光度測定の結果が一致したことに基づいていました。
【文献6】 北里善次郎、薬学雑誌、(536), 843-844 (1926).


当時はドイツ語が中心であったため、化合物名がNanteninのように、最後に e を略すが、現在のように英語が国際語となっているので、Nantenineのように書きます。ただ、ここでは、原文に合わせてドイツ語で表し、歴史を味わってもらえるようにしました。

その後、Plouvierは、ナンテンには青酸がシアノヒドリンから発生すると報告しましたが、量的には極めて少ないことも明らかになりました。このことは抗菌性と関連し、食物にナンテンの葉を添えたり、ナンテンの箸を利用したりする理由の一つとなっています。
【文献7】 V.Plouvier, Bull. Sci. Pharmacol., 49, 150-152 (1942).

また、T. Ohtaはナンテン実からProtopineと酷似した化合物を取り出しました。
【文献8】 T. Ohta, Yakugaku Zasshi, 69, 502-503 (1949).

ナンテンの種から油脂を抽出したとの報告もあります。主として飽和脂肪酸とリノール酸、少量のオレイン酸からなります。
【文献9】 S. Ueno, S. Matsuda, T. Kimura, J. Nippon Oil Technol. Soc., 2, 43-47 (1949); T. Ohta, T. Miyazaki, Yakugaku Zasshi, 71 769-771 (1951).

H. Chikamatsu, M. Tomita, M. Kotakeは新しくIsoboldineを単離しました。
【文献10】 H. Chikamatsu, M. Tomita, M. Kotake, Nippon Kagaku Zasshi, 82, 1708-1712 (1961).
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同様な化合物であるIsocorydine(Isoboldineのメトキシエーテル体)を単離したという報告は、後に国友、森本、田中、早田によってなされています。この論文には歴史的な構造決定経過がレビューされています。
【文献11】 国友順一、森本恵子、田中成子、早田サヨ子、薬学雑誌92, 207-209 (1972).

機器分析の発展は天然有機化合物の構造決定に多大な寄与をしてきましたが、ナンテンにおいては機器分析を用いる国友らの報告で明らかにされました。その機器の一つがGC-MSです。それに対して、大量の試料から再結晶によって純粋な物質を得、融点、既知物質との混融、旋光度測定する従来の方法は、高性能ガスクロマトグラフィーと質量分析の連結した新手法に置き換えられます。このような構造決定の時代変化に対して、「飛び道具を用いるとは卑怯である」という老大家の発言は、なるほど、というところがあります。新旧の手法の違いに、人それぞれ受け取り方が異なります。スピーディーな構造決定をする新手法派と量を問題とする現物主義派はお互いに特色と欠点を有しています。個々の取り扱いに応じてどちらが良いか、対応しなければなりませんが、化学、生化学のあり方を見直す機会にもなります。

最近の論文より、ナンテン抽出物の生理学的研究は抗黴作用、気管収縮筋の防止についてそれぞれ行われました。前者の意義深い点は、多くの抗菌作用を示す物質は必ずしも抗黴作用には効果が少ないといわれている中で有効性を示された点にあります。後者は「のど飴」の理由を明らかにした実験です。
【文献12】 V. K. Bajpai, J. I. Yoon, S. C. Kang, Appl. Microbiol. Biotechnol., 83, 1127–1133 (2009) ; M. Tsukiyama, et al., Biol. Pharm. Bull. 30, 2063—2068 (2007).

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(091204改稿)

柿の蔕(へた) [樹木]

富有柿の糸貫

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岐阜県瑞穂市居倉~糸貫(いとぬき)は富有柿(ふゆうがき)の日本の原産地です。この頃、道端には沢山の店が並び富有柿の販売をしています。富有柿の名前は各地で使われていますが、ここ居倉が発祥の地であることは余り知られていません。謂れについて、下記の調査が岐阜県から発行されています。それをご参照ください。
http://www.pref.gifu.lg.jp/pref/s11423/fukurokakeyurai.pdf

富有柿は11月半ばから出荷される柿ですが、すでに早生が出ています。糸貫の柿の生育については、揖斐川(いびがわ)の水と上流から運ばれてくる栄養分が土地(粘質)にしみこんでいることが大切な環境条件となっています。同じ地域でももう少し下流の瑞穂(みずほ)市中心の産物とは味が違うと聞きました。もちろん、味だけでなく、値段も異なります。

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柿には甘柿、半甘柿、渋柿がありますが、富有柿は初めから甘い甘柿に属します。柿は水溶性のポリフェノール配糖体を含み渋くなりますが、フェノールの重合によって不溶化すると、遊離した糖が蓄積して甘くなります。特に渋柿を甘くするにはこの分解と重合を進める訳ですが、寒風に晒して乾燥と分解、重合をします。この作用は漆の重合によって漆器製作するのと似たところがあります。どちらも、いにしえからの伝統知になるわけです。

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柿の蔕(へた)はシャックリを止める漢方薬です。また、蔕の服用は血圧を下げるとも書かれていますが、ポリフェノールやタンニンの効用によるものでしょう。このような柿の効用の研究は東洋人が多く行っています。

【追記091103】
柿の実には多くの糖が含まれますが、それ以外に、葉まで含めて、オレアノール酸、ウルソール酸、ベツリン酸などのトリテルペンが含まれています。
トリテルペンというのは炭素原子数30で炭素数5のイソプレンの骨格を部分的に6単位を有する化合物です。多くの植物がその生育のために産生する有機化合物です。あるときには昆虫に食べられないため、他の植物が育たないため、昆虫に花粉を運ばすためなど、植物の武器になったりします。

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これらの成分は種々の薬効を示すことが知られています。製品として、柿の葉のお茶や柿蔕の漢方薬などが良く知られています。

・池田らによって柿の甘渋の遺伝研究があります。甘柿と渋柿の見分け方になります。
池田、山田、栗原、西田、園学雑54, 39-45 (1985). 日本語

・タバコ葉につく幼虫の摂食作用阻害をこれらの酸が示すことの報告もあります。一般化はされていませんので、どの虫に効くかはこれだけではわかりません。
U. V. Mallavadhani, A. Mahapatra, S. S. Raja, C. Manjula, J. Agric. Food Chem., 51, 1952-1955 (2003).

・また、これらのトリテルペンがチロシンのリン酸化を阻害することが明らかにされました。美白などの化粧品への応用に興味がもたれています。
P. T. Thuong, C. H. Lee, T. T. Dao, P. H. Nguyen, W. G. Kim, S. J. Lee, W. K. Oh, J. Nat. Prod., 71, 1775–1778 (2008).

・さらに、インスリンの分泌を促進する作用があることが動物実験で示されました。糖尿病に効くかどうかは不明ですが、更なる研究が待たれるところです。
T. Teodoro, L. Zhang, T. Alexander, J. Yue, M. Vranic, A. Volchuk, FEBS Lett. 582 1375–1380 (2008).

・血管の恒常性維持に有効に働く報告もあります。この論文では高血圧の正常化に働く可能性を示唆しています。
J. Martı´nez-Gonza´ lez, R. Rodrı´guez-Rodrı´guez, M. Gonza´ lez-Dı´ez, C. Rodrı´guez, M. Dolores Herrera, V. Ruiz-Gutierrez, L. Badimon, J. Nutr., 138, 443–448, (2008).

・抗掻痒剤としての利用も考えられる報告もあります。ジフェンドラミンとの比較がありますが、それを凌駕するものではありません。
H. Matsuda, Y. Dai, Y. Ido, T. Murakami, H. Matsuda, M. Yoshikawa, M. Kubo, Biol. Pharm. Bull., 21, 1231-1233 (1998).

その他、溶血作用阻害、すなわち、止血作用の報告もあります。

これらの化学研究の原点を調べますと、伊勢田駿と柳下一愛が1955年に薬学雑誌(75,230-231)に報告しています。後に、水野瑞夫先生によって、1971年に同じく薬学雑誌に構造が検討されています。(91, 905-906).当時、水野先生は岐阜薬科大学の先生で、地元の富有柿をテーマにご研究されたことのようです。両論文とも日本語です。
つまり、柿に対する日本人の研究は世界的にも独自性を持っていました。

柿を食べると、「法隆寺の鐘」と条件反射する傍ら、調査する中で、日本人の研究者が伝統を先端化学へと導いた足跡を味わうこともできました。一般に、「柿が赤くなると医者が青くなる」という講釈をつけることがあります。しかし柿を食べる意味はもっと深いところにありそうです。近頃、これらのトリテルペンがガン細胞のアポトーシスを増長するが、正常細胞には働かないというWEBもあります。すなわち、ガン細胞は破壊するが正常細胞は壊れないという意味です。(この記述はWEBだけで文献を手にすることができませんでした) なお、最近の研究論文を見てみますと、中国のものが多く、盛んですが、中国語で書かれた文献が多く、英語論文のように国際的に認知される報告であれば、広く認知されると思われます。この点、残念と言わざるを得ません。嘗て、日本語で書かれた立派な研究を見てきましたが、世界では陽の目を見ないことを経験してきました。前轍を踏むことだけをさけることはできないだろうかと思っています。
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キンモクセイ [樹木]

金木犀(キンモクセイ)

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金木犀の匂いが遠くからも匂う頃になりました。前庭の高さ2mを越える木にも黄色い花が見えます。よく見ると、日のよく当たる南側より北か西の部分の方で、沢山の花が見られます。花の香気成分が紫外線によって壊れるため、直射日光の少ない部分に花が見られるではないかと想像したくなります。(実際、日の当たる側の木の内側(樹芯近く)に花は沢山あります)

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ところで、文献を調べますと、金木犀(Osmanthus fragrans)の香気成分の研究は1966年に宍戸圭一先生(当時京都大学教授)によってなされた報告が最初でした。以降、日本人、中国人の研究が多く見受けられます。
香気成分は花期によって異なります。咲き始めの成分と少し後の成分と比較して変遷を見ますと、

5,6,7,7-Tetrahydro-4,4,7-trimethyl-2(4H)-benzofuranone 29.7% →  0.9%
9,12,15-Octadecatrienoic acid                 14.5% →  16.9%
α-Ionone                               11.7% →   3.3%
Hexadecanoic acid                         9.6% →  12.6%
γ-Decalactone                            6.8% → 8.1%
β-Ionone                                6.0% →  19.5% (匂いは似ている)

ですが、匂う成分の多くを見ますと、リナロールオキシドは少なくなり、β-Iononeの量が多くなります。金木犀の匂いが日が経つと変わるという嗅覚的判別は、ひょっとすると東洋人の独特の感覚なのかもしれません。因みに、キンモクセイの匂いの変化のレポートは中国人のグループによってなされました。
Li-mei Wang, et al., Food Chem., 114, 233–236 (2009).

このような香りは当然、蝶などの昆虫によって察知されると思われます。ハナアブがこの花にやってきました。

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この時期に飛んでいるモンシロチョウはこの香りから遠ざかります。すなわち、香りには忌避物質のγ-Decalactoneが入っています。ちょうど、モンシロチョウがやってきました。10m以上離れた花には止まりましたが、急いで金木犀の臭いで逃げてしまいました。この研究は日本人によってなされました。
H. Omura, K. Honda, and N. Hayashi, J. Chem. Ecol., 26, 655-666 (2000).

金木犀の香気成分には、抗酸化能があるという報告があります。成分の試験に使われるDPPH(ラジカル)はラジカルを消費します。活性酸素の多くはラジカルですから、活性酸素の代用となるDPPHの青色の消失で、抗酸化能がわかるわけです。また、ラットを使った実験から、香気成分は神経の酸化に対する防御に有効であると示されました。
結局、金木犀は良い香りは匂いだけでなく、活性酸素の消去能力ももっている、と示されました。この意味では化粧品などにβ-Iononeのような芳香剤が入っていますが、芳香以外に、抗酸化剤の意味があるとは驚きです。
Hsin-Hsueh Lee, et. al., J. Biomed. Sci., 14, 819-827 (2007).

香気成分の化合物は不斉炭素をもっていることが多くあります。不斉というのは化合物が手のように、左右重ね合わすことができない配置をとることを意味します。お互いにエナンチオマーといいますが、匂いの分子を分析しますと、金木犀のリナロールの場合、右手系エナンチオマー(R体)が左手系エナンチオマー(S体)より99.9%多いと示されまた。同様に、(R)-(+)-α-ionone と (R)-(+)-γ-decalactone も99.9と93.1%とそれぞれの右手系が多く見つかります。極端な言い方をすると、金木犀の匂い分子は右手利きであることになります。自然は左右対称というわけではなく、どちらか一方になるのですね。不思議です。
S. Tamogami, K. Awano, M. Amaike, Y. Takagi, T. Kitahara, Flavour Fragr. J., 19, 1–5 (2004).

【追記091014】
長野県の妻籠にンモクセイの古木があります。県の天然記念物です。人通りの多い宿場街を山側へ80m登った左手にあります。訪れる人は少ないので、見つけるのに苦労するかも知れません。ンモクセイは日本には自生のものが少ないと書かれています。樹周1.91m、高さ8mの古木ですが、樹勢は良く、枝を張っているので見掛けは大きく見えます。今の時期どんな匂いがするか訪れたいものです。(追記091015に続く)

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【追記091015】
昨日、妻籠宿のギンモクセイが咲いているか確かめに行きました。花はほとんど終わっていたがほんの少し残っていました。観光案内所の方に伺った所、今年は近くの金木犀と同時にギンモクセイは開花しましたが、それも上部と下部だけでした。真ん中の部分は咲かず終いでした。匂いは爽やかですが、今年は金木犀の匂いが勝ち、嗅ぎ分けることが難しいほどでした。また、金木犀の方は一度終わった後にまた咲き出し、今は二回目の開花が見られます。今年は異常気象なのでしょうか、とのことでした。(光徳寺の枝垂れ桜の歴史は別掲)

http://kz--t5.blog.so-net.ne.jp/2009-10-16

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青いアサガオ [草花]

アサガオの色

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赤いそば畑の近くに、日本風景支援事業によって「青いアサガオ」が田圃に栽培されていました。もう10月に入ったのに、夏の風物詩のアサガオが咲いていました。アサガオの開花時期は6月から10月と書かれていましたので、今年のラストチャンスなのかも知れません。ここへ来たのは16時30分ごろでしたので、本来なら、萎んだ後が見られる程度でしょう。しかし、田一面に咲いていました。では夕顔でないのかと思いましたが、よく見るとアサガオでした。アサガオの開花時刻は夕日が落ちたときから10時間後に開花すると聞いていましたので、この時間に見ることができるのは、朝日が出て10時間後に開花したことになり、アサガオが夕日と朝日を勘違いをしたのではと推測したくなります。一般に花の開花などの形態形成にはフィトクロム(Phytochrome)という色素タンパク質の赤色光(660nm)、遠赤色光(730nm、近赤線)の可逆的な変化で制御され、時間を認識する生物学として研究もされています。小学校の夏休みの宿題を8月の終わりに、あわてて、アサガオの開花の観察をしようとして朝早く起きたのに、もうすでに花が咲いていた。7月には咲くところが見られたのになぜなのか、疑問に感じたことがありました。日の出とともに朝顔が咲くというのは間違った考え方だったのでした。
先ず、夕刻に見た青いアサガオの写真をご覧下さい。その後、ノーベル賞受賞者に反論した日本人化学者の研究を紹介します。

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ところで、この青色はどんな色素でしょうか? 
一般に、花の色は、色素成分によって、大きく4種類に分けることができます。

・カロテノイド系 黄、橙、赤橙      主に、C,Hからなる化合物で、βカロテンは知られている
・フラボノイド系 白、黄、赤橙、赤紫  ポリフェノール類に代表される
・ベタレイン系  赤、黄          窒素原子を含む色素
・クロロフィル系 緑            葉に含まれるポルフィリン化合物として知られている

アサガオの色素はフラボノイド系のアントシアニンです。小学校のときにアサガオの花の汁をとって、酸性(赤)にしたり、アルカリ性(青)にしたことを思い出します。確かにアントシアニンの色はpHによって変わります。下の構造式の左はアルカリ性、右は酸性の状態での化学式で表せます。このことで分かることは、色はアントシアニンだけ決まるのではなく、pHのような環境や状態によって変わってくることです。pHと聞いて、ひょっとしてリトマス試験紙を思い出しませんか?リトマス苔からとった化合物はアントシアニンではありませんが、原理(反応式)は同じです。すなわち、酸性か、アルカリ性かで赤になったり青になったりします。それでは、プロトン(水素イオンのこと)の付加だけによって、花の色は決まるのでしょうか?

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植物の細胞の中がそんなにアルカリ性になるわけでないという科学者の常識が働きます。ここで、pHだけでは決まらない例が見つかりました。この命題に取り組んだのは日本人の研究者です。現在では、アントシアニンの色を決める化学的な因子は、3つまたは4つの説としてまとめられます。

1.pH説      R. M. Willstaetterによって、酸性では赤、アルカリ性では青を一般に呈する。
2.金属錯体説  柴田桂太によって金属の配位結合が重要であると反論した。
3.コピグメント説 ロビンソンらが無色の助色素がアントシアン類と複合体を作ると提唱した。
4.分子会合説  アントシアニン同士または他の分子とアントシアニンが会合して青くなる。

R. M. Willstaetterは1915年にノーベル化学賞を受賞しているのですが、そのpH説に柴田先生は反論したのです。権威や有名に従順な世界を相手に、研究を進められたのですが、当時、国際舞台では、この反論に注目する人は極めて少なかったのです。しかし、その後多くのところで実証されました。

元々、アサガオの原種は青色です。赤やその他の色は突然変異で生じたものを育成したものです。上古田(箕輪)の青いアサガオは南米産の「heavenly blue」と書かれていましたので原種に相当します。それでは多く見かける赤いアサガオは、突然変異で生じたものですが、遺伝子レベルで区別できるかという命題が出てきます。

アサガオの遺伝子解析をすると、どのような種類と色があるか、今では体系付けられています。その詳しい研究はなされており、分かり易い解説(少し専門用語が入っていますが)が下記のWEBにあります。結果を見ると遺伝子が色を決めているように思えますが、論理的には色に関する遺伝子を調べた結果、原種との差異が現れたことになります。
http://www.bsj.or.jp/topics/03/asagao.html

ここで、日本人の花の色に関する研究を見てみましょう。柴田先生の研究の後、林先生他、多くの研究者が、pH説以外に色を決定する結果を示してきました。特に際立った、アサガオの花の色の研究に、名古屋大学におられた後藤俊夫先生の研究論文があります。
T. Goto, T. Kondo, H. Imagawa, S. Takase, M. Atobe, and I. Miura, Chem. Lett., 883-886 (1981).
その結果、アントシアニン分子は配糖体であることを示されました。アントシアニンの3位と5位に2糖と1糖がそれぞれついている構造でした。アントシアニンと思われた物質はいずれのpH状態でも水溶性ですから、水溶性の糖が付いている構造は納得のいくものです。

後ほど、ロビンソン、斎藤らはカフェ酸が結合していることを明らかにしました。つまり、助色団であるカフェ酸がアントシアニンと錯体を形成することで色を呈するのです。
Lu, T.S., Saito, N., Yokoi, M., Shigihara, A., Honda, T., Phytochemistry, 30, 2387–2390 (1991).

このように、花の色の化学研究はかなり日本において数多くなされてきました。さらに、最近、青色色素について、アントシアニンとフラボンが6個ずつ、鉄1個、マグネシウム1個、カルシウム2個で構成された会合体であることが、X-線解析(Spring8)で明らかになりました。
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M. Shiono, N. Matsugaki and K. Takeda, Nature, 436, 791 (2005).

この結果、1~3の説は一つの切り口をそれぞれ与えているが、総合的にはX線構造解析で決着したように思えます。

以上のように、これらの日本人の研究は世界的な先導性を有してきましたが、後藤先生が始められたときから、28年が経ち、3,4世代にわたる研究者の地道な研究とそれを国民の寛容と理解が支えた賜物であることを再確認したいものです。また、これらの研究を側面支援するのは、約13年毎に詳しい構造が解明され、色に関する詳細な機構解明に大きく寄与したのが分析機器の発展です。研究者が絶えず最新機器に敏感であるのは「何とか構造を決めたい」という意欲に他なりません。高額な機器の購入を支援するのも国民であることを思うと、科学は、その国の文化に対する取り組みを象徴すると言って過言ではありません。

美しいアサガオの花を見ると、形や色と、開花という流れにも、美しさがあります。それ以上に、分子という小さな世界でも、美しい分子構造の形が現れてきます。このような自然美は他にもあるでしょう。そして、直接目では見えないところにも数多くの小さな美が創出される可能性を感じます。自然とは不思議なものです。

【追記091015】
近くの家の前庭に、今、アサガオが咲いています。このアサガオも青色です。

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蕎麦とルチン [草花]

蕎麦の原点

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091004
箕輪は伊那盆地の西側、少し離れた木曽駒の麓にある。
蕎麦の白い花よりも桃色~赤色の花が目立つ畑がある。
「赤そばの里」と宣伝されているところを訪問した。
蕎麦の原点はヒマラヤ山脈の麓の荒地に生育したものが中国を経て、
日本に伝わったと言われるが、
日本の在来種も見出されている。

氏原暉男先生(信州大名誉教授)が原種を持ち帰って、
品種改良して今日の赤蕎麦になった。
さらに、氏原先生は、現地で貧困がもたらすケシの栽培を
蕎麦の栽培に切り替えたことでも有名である。
是非、先生の著書をご一読下さい。
http://sobaweb.com/pg51.html
http://kaken.nii.ac.jp/ja/r/60021060

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蕎麦にはルチンというポリフェノールを含むと書かれている。
しかし、その量は多くないが韃靼蕎麦には、多く含まれる。
(普通の蕎麦:0.01%、韃靼蕎麦:0.5%、因みに蕎麦茶には0.9%)

純粋なルチンは淡黄色であるがケルセチンの色であり、糖の部分の色ではない。
鉄製のものと接触しておくと暗褐色になるのは錯体形成による。(参考:下の調査3)

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古くはルチン(3位にGlc,Rha結合)やヘスペリジン(7位にGlc,Rhaが結合)の
フラボノイド配糖体は、ビタミンPといわれていたが、現在、ルチンはビタミンではない。
生理反応として: 毛細血管を強化し、血管透過性を抑える、
血中コレステロール値や血流を改善する、
抗アレルギー作用を持つ、アトピー性皮膚炎を改善する、
発がん抑制作用があるとされているが、
その他、色々な作用が挙げられている。

【調査1】
UCB発ガン試験ではポジティブな悪い結果は出ていない。
http://potency.berkeley.edu/chempages/RUTIN%20TRIHYDRATE.html

【調査2】
ルチンはケルセチンと同じく、活性酸素を促進するカタラーゼの活性阻害をすることが、
明らかにされ、抗酸化剤としての有効性を、
FlavonolやFlavone類にはあるが、FlavanolやFlavanone類にはない。
この点で緑茶のそれとは異なる。
N. Doronicheva ら、Bio. Pharm. Bull., 30, 213-217 (2007).

【調査3】
ルチンは遷移金属イオンと
1:1または1:2の錯体を4位のカルボニルと5位のフェノールの間で形成するが、
3’、4’のフェノールと錯体を形成することもESI-MSの結果から、提案されている。
Y. Baiら、Anal. Sci., 20, 1147-1151 (2004).

【調査4】
また、マウスの実験から、
ルチンはセロトニンの分泌を抑えるトランスポーターの作用を抑制して、
セロトニンの濃度が低くなるうつ病患者に、
処方される抗うつ剤の作用を示すという報告もある。
D. G. Machadoら、Eur. J. Pharmacol., 587, 163–168 (2008).

高地の蕎麦は紫外線を防止するために、ルチンの産生量を増やすとされている。
それは茎の色を見るとわかる。赤そばの畑には赤い茎のそばが多い。

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また、赤そばの畑をよく観察すると、蕎麦が良く生育する場所と生育しない場所がある。
特に、山蔭の部分は悪い。
蕎麦の生育には、日当たりが良く、水はけがよいところとされている。
ただ、瓦礫などあっても、前2条件が合えば良いと言える。

下の写真には生育の違いを示している。
手前の畑には丈が短く、疎らになった蕎麦が見られる。明らかに生育不良である。
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おわりに、
蕎麦の赤い花が、山から下りてくる霧交じりの冷気に晒され、その結果、霧下蕎麦を生み、
箕輪でその味を楽しむことができるのは、花が終わり、観光客の訪れることのない頃であろう。
赤い花を思い浮かべて、新蕎麦を食したくなる。(アレルギーの方には無思慮で失礼します)

赤蕎麦写真集:
http://pht.so-net.ne.jp/photo/usuzumi/albums/169166

ツマグロヒョウモンの訪問 [蝶]

ツマグロヒョウモン

地球温暖化が原因となる生態系の変化は一連性があります。
しかし一つの事象を捉えて、地球の温暖化が起こっていると言うのは、
論理的なつながりが乏しく、本当かなと思えることに時折、出会います。

昨日の報道ステーションで、熱帯にある毒キノコであるオオシロカラカサタケが日本にも現れ、
日本の熱帯化の指標となっていると報じられました。
熱帯環境に適応できる毒キノコが熱帯・亜熱帯でない日本で見られたことが、
地球全体の温暖化と結び付くのは、可能性は高いが、論理的には厳密性に欠ける議論でしょう。
すなわち、一つの事象を捉えて全体を肯定する論理的不完全性があります。
しかしながら、仮説的推論としては帰納的に否定はできないことになります。

話題をもっと多角的に調べてみましょう。

この報道の表現は、「毒キノコ」という「ツカミ」で始まっています。
では、オオシロカラカサタケについて、何も詳細を言っていません。
限られた時間を理由に、詳細を明らかにしないのはかなり意図的です。

そこで、オオシロカラカサタケについて調べてみましょう。
化学的に詳しく調べた慶応大の山田らの報告があります。
 第46回天然有機化合物討論会講演要旨集575-580(2004)
毒性について、23kDa(分子量2万3千)の亜鉛を含む金属タンパク質が強い毒性を示す結果を得ています。
このタンパク質はデューテロリシンというメタロエンドペプチダーゼ(酵素)の範疇に属すると、
相同性(タンパク質のデータベースから類似性をコンピュータを用いて調べる)から判定されました。
また、Yokoyamaは14年前にオオシロカラカサタケの日本での広がりをすでに指摘しています。

報道のやり方として、毒に対する鋭敏な反応を示す日本人の関心をとり、
今年になって急に温暖化が進んだように喚くような報道手法をとっています。
この様な種類のやり方に我々は安易に乗りたがる風潮があります。

これに対して、地球温暖化の欠片を捉えてヒステリックに述べ立てる背景をもう少し調べ、
あまり日の当たらない研究が過去においてすでに報告されていることを知り、
研究者の遺産を大切に、敬意を表する姿勢が欲しいものです。

さて、本来、成虫として越冬をするのが厳しい熱帯の蝶が、太平洋側で毎年見られことがあります。
ツマグロヒョウモンは熱帯地方の蝶です。普通に日本にいる蝶とこの蝶は異なり、
年4,5回現れます。(多化性:昆虫が1年に3回以上の世代を繰り返す性質のことをいう)
また、幼虫や蛹で越冬します。

庭に、羽根のひどく破損したツマグロヒョウモンを見つけました。

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以前のブログ(http://kz--t2.blog.so-net.ne.jp/2009-07-24)以外に下記のようなことがあります。
ツマグロヒョウモンはスミレに産卵するため、スミレの愛好者には嫌われます。
黒に赤の筋の入った毛虫(幼虫)に丸坊主にされるからです。
スミレはそれでも繁殖するには巧妙な戦略を持っています。
スミレは閉鎖花(花冠が開かず、自家受粉してしまう現象のこと)であり、
種を確実に(100%)受粉できます。しかし、種子を拡げて撒く事ができません。
それを運搬するのはアリです。
アリは卵と同じくらいの大きさの種子にある脂肪酸をいただくため、
食料保管のため種子を巣に運びます。
これがスミレの戦略です。つまり、アリに種を運ばせ繁殖を拡げるのです。
この様子を詳しく書かれた本があります。
著者: 多田多恵子 「したたかな植物たち: あの手この手の◯秘大作戦」
 (株式会社SCC ¥2200)

子供の頃、蝶の採集をして、図鑑で調べた時に、
普段、林の中で良く見かけるキマダラヒカゲが雑草のように見え、
お目にかかれないツマグロヒョウモンが貴重品に思えた。
毒蝶を擬態するこの蝶が何度も庭で見かけると、
かつての貴重品が頻繁に訪れ、裕福になった気が一時的にする。
しかし、裏返してみると、何か(環境?)と交換した結果でしょう。

追伸
ツマグロヒョウモンの来訪と
報道ステーションのオオシロカラカサタケの話題提供に感謝します。

ヒガンバナ [草花]

ヒガンバナ

曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の字が表すとおり、「赤い花」です。
花の時期と葉の時期とが別々であるので、花ばかり目立ちます。
土手や畦に多く見かけられるのは根が生え地面に食い込むためです。

ところが、この花が忌み嫌われるのは江戸時代かららしい。
その理由は椿の花が首から落ちるのと似ていて、
花と葉の現れるのが別の時期であるため、
子が親から受け継がれないと象徴したためらしい。

元々、中国からの帰化植物です。
花としては昔は重用されていたと書かれています。

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この植物はイソキノリンアルカロイドを毒として持っています。
昔は土葬であった墓が野生動物に食い荒らされないよう、
イネを猪などの動物被害から守るため、
その周辺に植えました。
しかし、忌み嫌う風習によって、子供が口にすることがないように言い伝えられました。

このアルカロイドの構造式は
Lycorine.jpg
で示されとおりです。
また、これらの骨格はイソキノリンと呼ばれ類似した化合物で窒素原子を含むアルカロイドは知られています。
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corypallineやlaudanosineはその代表である。
corypalline.jpglaudanosine.png

生合成の出発はアミノ酸のフェニルアラニンとチロシンです。
フェニルアラニンからカフェ酸が合成され、チロシンからドーパミンが作られます。
両者が縮合してアミン誘導体となる生合成過程が示されています。
http://www2.odn.ne.jp/~had26900/constituents/patyr_pathway.htm

この毒を持つ球根を食料とすることを古人は考えたのは不思議です。
球根はデンプンを含むため、水溶性のアルカロイドを水にさらして除去し、
得られたデンプンを食用にしたわけです。
ただ、常用せず、飢饉のときに、非常食となった例もあります。
また、漢方薬として使われます。

詳しいことは下記のWebページに示されています。
http://homepage1.nifty.com/seihotei/photo/higanbana.htm

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また、最近の写真集は次に示しています。ご覧下さい。
http://pht.so-net.ne.jp/photo/usuzumi/albums/168349

イチモンジセセリ [蝶]

イチモンジセセリはセセリチョウの仲間である。

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胴体が体の割りに太く、蛾と間違える人が多い。
しかし、このような間違えに関わらず、蝶である。
判別は触角である。触角は嗅覚の役目をする。
蛾の夜行性は嗅覚の発達のため(視覚情報が少ないため)
枝分かれした触角をもつが蝶は視覚情報があるため異なる。

北海道を除き日本全国どこでも居る蝶である。
イネ科の植物の害虫とも言われる。
イネ科の植物に共通した臭いがあるのだろうか。
良く知られているレモングラスにはシトラールが含まれている。(下図は構造式)
臭いでイネ科の植物に集まるとすると、写真のようにミカンの葉にも止まるのはなぜか。
他に沢山植物があるので、単に、止まるところがあったからとも思えない。
なお、バッタほど稲に対する被害は考えられない。
カヤツリグサの仲間のハマスゲは薬草にもなるが根は張ると除草は大変である。
しかし、セセリチョウの仲間は、ハマスゲを食草とする。このことだけでは益虫である。

目が大きく、三角形の底辺を上にした姿は
・羽根を広げない状態で目にする
・飛び方は速い
・昼間に見かけることが多い
特色を持つ。

citral.png


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