キンモクセイ [樹木]
金木犀(キンモクセイ)
金木犀の匂いが遠くからも匂う頃になりました。前庭の高さ2mを越える木にも黄色い花が見えます。よく見ると、日のよく当たる南側より北か西の部分の方で、沢山の花が見られます。花の香気成分が紫外線によって壊れるため、直射日光の少ない部分に花が見られるではないかと想像したくなります。(実際、日の当たる側の木の内側(樹芯近く)に花は沢山あります)
ところで、文献を調べますと、金木犀(Osmanthus fragrans)の香気成分の研究は1966年に宍戸圭一先生(当時京都大学教授)によってなされた報告が最初でした。以降、日本人、中国人の研究が多く見受けられます。
香気成分は花期によって異なります。咲き始めの成分と少し後の成分と比較して変遷を見ますと、
5,6,7,7-Tetrahydro-4,4,7-trimethyl-2(4H)-benzofuranone 29.7% → 0.9%
9,12,15-Octadecatrienoic acid 14.5% → 16.9%
α-Ionone 11.7% → 3.3%
Hexadecanoic acid 9.6% → 12.6%
γ-Decalactone 6.8% → 8.1%
β-Ionone 6.0% → 19.5% (匂いは似ている)
ですが、匂う成分の多くを見ますと、リナロールオキシドは少なくなり、β-Iononeの量が多くなります。金木犀の匂いが日が経つと変わるという嗅覚的判別は、ひょっとすると東洋人の独特の感覚なのかもしれません。因みに、キンモクセイの匂いの変化のレポートは中国人のグループによってなされました。
Li-mei Wang, et al., Food Chem., 114, 233–236 (2009).
このような香りは当然、蝶などの昆虫によって察知されると思われます。ハナアブがこの花にやってきました。
この時期に飛んでいるモンシロチョウはこの香りから遠ざかります。すなわち、香りには忌避物質のγ-Decalactoneが入っています。ちょうど、モンシロチョウがやってきました。10m以上離れた花には止まりましたが、急いで金木犀の臭いで逃げてしまいました。この研究は日本人によってなされました。
H. Omura, K. Honda, and N. Hayashi, J. Chem. Ecol., 26, 655-666 (2000).
金木犀の香気成分には、抗酸化能があるという報告があります。成分の試験に使われるDPPH(ラジカル)はラジカルを消費します。活性酸素の多くはラジカルですから、活性酸素の代用となるDPPHの青色の消失で、抗酸化能がわかるわけです。また、ラットを使った実験から、香気成分は神経の酸化に対する防御に有効であると示されました。
結局、金木犀は良い香りは匂いだけでなく、活性酸素の消去能力ももっている、と示されました。この意味では化粧品などにβ-Iononeのような芳香剤が入っていますが、芳香以外に、抗酸化剤の意味があるとは驚きです。
Hsin-Hsueh Lee, et. al., J. Biomed. Sci., 14, 819-827 (2007).
香気成分の化合物は不斉炭素をもっていることが多くあります。不斉というのは化合物が手のように、左右重ね合わすことができない配置をとることを意味します。お互いにエナンチオマーといいますが、匂いの分子を分析しますと、金木犀のリナロールの場合、右手系エナンチオマー(R体)が左手系エナンチオマー(S体)より99.9%多いと示されまた。同様に、(R)-(+)-α-ionone と (R)-(+)-γ-decalactone も99.9と93.1%とそれぞれの右手系が多く見つかります。極端な言い方をすると、金木犀の匂い分子は右手利きであることになります。自然は左右対称というわけではなく、どちらか一方になるのですね。不思議です。
S. Tamogami, K. Awano, M. Amaike, Y. Takagi, T. Kitahara, Flavour Fragr. J., 19, 1–5 (2004).
【追記091014】
長野県の妻籠にギンモクセイの古木があります。県の天然記念物です。人通りの多い宿場街を山側へ80m登った左手にあります。訪れる人は少ないので、見つけるのに苦労するかも知れません。ギンモクセイは日本には自生のものが少ないと書かれています。樹周1.91m、高さ8mの古木ですが、樹勢は良く、枝を張っているので見掛けは大きく見えます。今の時期どんな匂いがするか訪れたいものです。(追記091015に続く)
【追記091015】
昨日、妻籠宿のギンモクセイが咲いているか確かめに行きました。花はほとんど終わっていたがほんの少し残っていました。観光案内所の方に伺った所、今年は近くの金木犀と同時にギンモクセイは開花しましたが、それも上部と下部だけでした。真ん中の部分は咲かず終いでした。匂いは爽やかですが、今年は金木犀の匂いが勝ち、嗅ぎ分けることが難しいほどでした。また、金木犀の方は一度終わった後にまた咲き出し、今は二回目の開花が見られます。今年は異常気象なのでしょうか、とのことでした。(光徳寺の枝垂れ桜の歴史は別掲)
http://kz--t5.blog.so-net.ne.jp/2009-10-16
金木犀の匂いが遠くからも匂う頃になりました。前庭の高さ2mを越える木にも黄色い花が見えます。よく見ると、日のよく当たる南側より北か西の部分の方で、沢山の花が見られます。花の香気成分が紫外線によって壊れるため、直射日光の少ない部分に花が見られるではないかと想像したくなります。(実際、日の当たる側の木の内側(樹芯近く)に花は沢山あります)
ところで、文献を調べますと、金木犀(Osmanthus fragrans)の香気成分の研究は1966年に宍戸圭一先生(当時京都大学教授)によってなされた報告が最初でした。以降、日本人、中国人の研究が多く見受けられます。
香気成分は花期によって異なります。咲き始めの成分と少し後の成分と比較して変遷を見ますと、
5,6,7,7-Tetrahydro-4,4,7-trimethyl-2(4H)-benzofuranone 29.7% → 0.9%
9,12,15-Octadecatrienoic acid 14.5% → 16.9%
α-Ionone 11.7% → 3.3%
Hexadecanoic acid 9.6% → 12.6%
γ-Decalactone 6.8% → 8.1%
β-Ionone 6.0% → 19.5% (匂いは似ている)
ですが、匂う成分の多くを見ますと、リナロールオキシドは少なくなり、β-Iononeの量が多くなります。金木犀の匂いが日が経つと変わるという嗅覚的判別は、ひょっとすると東洋人の独特の感覚なのかもしれません。因みに、キンモクセイの匂いの変化のレポートは中国人のグループによってなされました。
Li-mei Wang, et al., Food Chem., 114, 233–236 (2009).
このような香りは当然、蝶などの昆虫によって察知されると思われます。ハナアブがこの花にやってきました。
この時期に飛んでいるモンシロチョウはこの香りから遠ざかります。すなわち、香りには忌避物質のγ-Decalactoneが入っています。ちょうど、モンシロチョウがやってきました。10m以上離れた花には止まりましたが、急いで金木犀の臭いで逃げてしまいました。この研究は日本人によってなされました。
H. Omura, K. Honda, and N. Hayashi, J. Chem. Ecol., 26, 655-666 (2000).
金木犀の香気成分には、抗酸化能があるという報告があります。成分の試験に使われるDPPH(ラジカル)はラジカルを消費します。活性酸素の多くはラジカルですから、活性酸素の代用となるDPPHの青色の消失で、抗酸化能がわかるわけです。また、ラットを使った実験から、香気成分は神経の酸化に対する防御に有効であると示されました。
結局、金木犀は良い香りは匂いだけでなく、活性酸素の消去能力ももっている、と示されました。この意味では化粧品などにβ-Iononeのような芳香剤が入っていますが、芳香以外に、抗酸化剤の意味があるとは驚きです。
Hsin-Hsueh Lee, et. al., J. Biomed. Sci., 14, 819-827 (2007).
香気成分の化合物は不斉炭素をもっていることが多くあります。不斉というのは化合物が手のように、左右重ね合わすことができない配置をとることを意味します。お互いにエナンチオマーといいますが、匂いの分子を分析しますと、金木犀のリナロールの場合、右手系エナンチオマー(R体)が左手系エナンチオマー(S体)より99.9%多いと示されまた。同様に、(R)-(+)-α-ionone と (R)-(+)-γ-decalactone も99.9と93.1%とそれぞれの右手系が多く見つかります。極端な言い方をすると、金木犀の匂い分子は右手利きであることになります。自然は左右対称というわけではなく、どちらか一方になるのですね。不思議です。
S. Tamogami, K. Awano, M. Amaike, Y. Takagi, T. Kitahara, Flavour Fragr. J., 19, 1–5 (2004).
【追記091014】
長野県の妻籠にギンモクセイの古木があります。県の天然記念物です。人通りの多い宿場街を山側へ80m登った左手にあります。訪れる人は少ないので、見つけるのに苦労するかも知れません。ギンモクセイは日本には自生のものが少ないと書かれています。樹周1.91m、高さ8mの古木ですが、樹勢は良く、枝を張っているので見掛けは大きく見えます。今の時期どんな匂いがするか訪れたいものです。(追記091015に続く)
【追記091015】
昨日、妻籠宿のギンモクセイが咲いているか確かめに行きました。花はほとんど終わっていたがほんの少し残っていました。観光案内所の方に伺った所、今年は近くの金木犀と同時にギンモクセイは開花しましたが、それも上部と下部だけでした。真ん中の部分は咲かず終いでした。匂いは爽やかですが、今年は金木犀の匂いが勝ち、嗅ぎ分けることが難しいほどでした。また、金木犀の方は一度終わった後にまた咲き出し、今は二回目の開花が見られます。今年は異常気象なのでしょうか、とのことでした。(光徳寺の枝垂れ桜の歴史は別掲)
http://kz--t5.blog.so-net.ne.jp/2009-10-16
2009-10-19 08:57
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はじめまして。
失礼ながら、ブログを読ませていただきました。そこで、「ところで、文献を調べますと、金木犀(Osmanthus fragrans)の香気成分の研究は1966年に宍戸圭一先生(当時京都大学教授)によってなされた報告が最初でした。以降、日本人、中国人の研究が多く見受けられます。」
と書かれていたのですが、宍戸圭一先生のこの文献が観閲できるサイト・論文のタイトルなど教えていただけないでしょうか。
by そら (2009-12-11 15:18)
ブログをお読みいただきましてありがとうございました。
宍戸先生の文献は文献表示(SciFinder)では入手できません。WEB検索などを行いますと、京都大学のレポジトリーで入手できそうです。
もし、文献表示でよろしければ下記の雑誌をご参考ください。
Fragrant flower constituents of Osmanthus fragrans. Sisido, Keiiti; Kurozumi, Seiji; Utimoto, Kiitiro; Isida, Tyuzo. Univ. Kyoto, Kyoto, Japan. Perfumery and Essential Oil Record (1966), 57(9), 557-60.
by うちのポチ (2009-12-12 22:13)
【追記】
レポジトリーには下記のようなアブストラクトだけがありました。
The fragrant constituents of the flowers of Osmanthus
fragrans were determined as 7-decalactone, α- and β-ionone, trans- and cis-linalool oxides, linalool, pelargonic aldehyde, leaf alcohol, etc.
by うちのポチ (2009-12-12 22:50)
ありがとうございます。
わざわざすみませんでした。
by そら (2009-12-16 14:42)