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ナンテン [樹木]

ナンテン(南天)

寒い時期に、赤い実が目立つ低木がナンテンです。ナンテンの生産量が日本一の都道府県は岐阜県と知りませんでした。先日、ドライブの時に見かけた赤い実のなる場所を思い出しました。確か、郡上八幡あたりの西斜面に赤い実のなっているのを見かけたようなので、行ってみることにしました。国道156号線を長良川鉄道に沿って北上すると、山々の茶色く紅葉した中に、真っ赤なモミジも見られ、風景の良いところでした。郡上八幡の手前の左側を注意していると、山麓にナンテンらしきところが見えてきました。

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さて、ナンテンは「難転」といって、日本人の縁起を担ぐ性格と自然苦から回避したい気持ちの現われとして、文化を感じます。ただ、情感以外に、日本人はこの植物をうまく使っていますので、逞しいものをもっています。例えば、ナンテンといえば「ナンテンのど飴」を思い出します。その効用は喉の筋肉を弛緩することで咳を止めることです。また、ナンテンは実だけでなく、葉も薬に用います。赤飯にナンテンを添えます。

植物として、ナンテンの世界的な分布は、インド、中国から日本にかけて広まっています。日本では東海道、近畿以南の暖地に自生しています。ただ、圧倒的に多いのは庭木です。

さて、ナンテンについての化学的な研究は、日本人を中心とする薬学者によって行われました。ナンテンにはアルカロイド(天然に窒素を含む化合物であるが、もともとアルカリ性の性質を持つため酸性にして水に溶かしアルカリ性に戻して結晶が取り出されることから命名された分類です)が含まれています。

ここで、研究の歴史をみてみましょう。現在、手に入る古い文献として、1925年の薬学雑誌があります。その文献に、北里善次郎はナンテン成分を報告しています。その中に書かれている内容を読みますと、ナンテンの研究の原点は、J.F.Eykmann(英語表記ではEijkmanとなっている)が来日した折に、ナンテンの有毒成分の研究を行ったことに始まると書かれています。すなわち、Eykmannは1884年にその構造がアルカロイドであることを報告し、「ナンニン」(Nandinin、ドイツ語で英語はNandinine、当時はdiをヂと書き、ziをジとして区別していました)と命名しました。この命名は、ナンテンの学名であるNandina domesticaに由来するものです。

北里善次郎について 北里柴三郎の次男 (1897‐1978) 昭和時代の化学者であった。1929年北里研究所に入り、1950年所長に就任。ムクロジに含まれるサポゲニンの構造を研究し、1938年学士院東宮御成婚記念賞を受賞しました。

【文献1】 J. F. Eijkman, Ber. Zentralblatt, 779-780 (1884). この文献は利用できず、J. Chem. Soc., Abstr. 48, 565-6 1885にあるとされています。また、北里によると原著はBer, 441 (1884)であると記されています。

しかし、Eykmannの論文では、アルカロイドであるというだけでした。共存する既知のベルベリンから類推して、それはヒドロベルベリンと想像しています。つまりこの論文では、はっきりとした化学構造式は書かれておらず曖昧模糊としていました。1910年に岩川克輝はナンテンの樹皮からナンヂニンを単離して、生理活性を調べたと報告しました。
【文献2】 岩川克輝、東京医学雑誌24, (30), 15 (1910).

ところが、1925年に北里善次郎は岩川の単離したものより高融点のアルカロイドを単離し、構造式を下記のように決定しました。
【文献3】 北里善次郎、薬学雑誌、(522), 695 (1925). (註: (522)の記載について、当時は巻数がなく号のみでした)
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当時、現在のように機器分析が発達しない中、物質の精製・単離と元素分析、定性反応、既知の文献比較などを根拠に構造を提案していたわけです。その構造が現在でも間違いないというのは驚くべきことです。

話はこれで解決したように思われたのですが、北里の研究がナンテンに含まれる化合物構造研究の始まりだと当時の人は誰も想像できませんでした。詳しい続きがあります。

その後、高瀬豊吉と大橋秀治は南天実からNanteninを取り出したことを報告しました。その構造は下記のようでした。
【文献4】 高瀬豊吉、大橋秀治、薬学雑誌、(535), 742-748 (1926).
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また、間庭秀夫、榮 龍榮之、観 一郎は白南天からDomestinを単離し、Nandininとは異なることを示しました。
【文献5】 間庭秀夫、榮 龍榮之、観 一郎、薬学雑誌、(536), 833-842 (1926).
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このとき、学会誌の編集委員長は朝比奈泰彦先生(1881‐1975)でしたが、上記の間庭の論文の編集に当たり、北里善次郎に、化合物名などを統一するため、論文投稿段階で内密に見せた。(このことは論文(文献6)に記されています) これを受け北里善次郎は、Nandininを単離したときに、Nanteninに相当するDomesticin methyletherを単離していたことを述べています。また、それがNanteninと一致することを述べました。さらに、間庭らのDomestinも同じDomesticin methyletherであるが、DomestinとDomesticinは混乱する名前なので、Domestinを使わないことを提案しています。結局、3つの研究グループが同じ化合物を単離し、それはDomesticin methylether (= Nantenin)であると決められました。理由は、元素分析、融点、旋光度測定の結果が一致したことに基づいていました。
【文献6】 北里善次郎、薬学雑誌、(536), 843-844 (1926).


当時はドイツ語が中心であったため、化合物名がNanteninのように、最後に e を略すが、現在のように英語が国際語となっているので、Nantenineのように書きます。ただ、ここでは、原文に合わせてドイツ語で表し、歴史を味わってもらえるようにしました。

その後、Plouvierは、ナンテンには青酸がシアノヒドリンから発生すると報告しましたが、量的には極めて少ないことも明らかになりました。このことは抗菌性と関連し、食物にナンテンの葉を添えたり、ナンテンの箸を利用したりする理由の一つとなっています。
【文献7】 V.Plouvier, Bull. Sci. Pharmacol., 49, 150-152 (1942).

また、T. Ohtaはナンテン実からProtopineと酷似した化合物を取り出しました。
【文献8】 T. Ohta, Yakugaku Zasshi, 69, 502-503 (1949).

ナンテンの種から油脂を抽出したとの報告もあります。主として飽和脂肪酸とリノール酸、少量のオレイン酸からなります。
【文献9】 S. Ueno, S. Matsuda, T. Kimura, J. Nippon Oil Technol. Soc., 2, 43-47 (1949); T. Ohta, T. Miyazaki, Yakugaku Zasshi, 71 769-771 (1951).

H. Chikamatsu, M. Tomita, M. Kotakeは新しくIsoboldineを単離しました。
【文献10】 H. Chikamatsu, M. Tomita, M. Kotake, Nippon Kagaku Zasshi, 82, 1708-1712 (1961).
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同様な化合物であるIsocorydine(Isoboldineのメトキシエーテル体)を単離したという報告は、後に国友、森本、田中、早田によってなされています。この論文には歴史的な構造決定経過がレビューされています。
【文献11】 国友順一、森本恵子、田中成子、早田サヨ子、薬学雑誌92, 207-209 (1972).

機器分析の発展は天然有機化合物の構造決定に多大な寄与をしてきましたが、ナンテンにおいては機器分析を用いる国友らの報告で明らかにされました。その機器の一つがGC-MSです。それに対して、大量の試料から再結晶によって純粋な物質を得、融点、既知物質との混融、旋光度測定する従来の方法は、高性能ガスクロマトグラフィーと質量分析の連結した新手法に置き換えられます。このような構造決定の時代変化に対して、「飛び道具を用いるとは卑怯である」という老大家の発言は、なるほど、というところがあります。新旧の手法の違いに、人それぞれ受け取り方が異なります。スピーディーな構造決定をする新手法派と量を問題とする現物主義派はお互いに特色と欠点を有しています。個々の取り扱いに応じてどちらが良いか、対応しなければなりませんが、化学、生化学のあり方を見直す機会にもなります。

最近の論文より、ナンテン抽出物の生理学的研究は抗黴作用、気管収縮筋の防止についてそれぞれ行われました。前者の意義深い点は、多くの抗菌作用を示す物質は必ずしも抗黴作用には効果が少ないといわれている中で有効性を示された点にあります。後者は「のど飴」の理由を明らかにした実験です。
【文献12】 V. K. Bajpai, J. I. Yoon, S. C. Kang, Appl. Microbiol. Biotechnol., 83, 1127–1133 (2009) ; M. Tsukiyama, et al., Biol. Pharm. Bull. 30, 2063—2068 (2007).

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(091204改稿)
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